年齢も仕事も本名も知らない。それでも仲良くなれたオンラインゲームで気づいた「人を見る」ということ

自分では、人を年齢や性別、仕事、学歴などで判断しているつもりはありませんでした。
もちろん、そうした情報だけで「この人はこういう人」と決めつけるのは違うと思っていますし、人と付き合ううえで大切なのはその人自身だと思っています。
でも、5年ほど続けているオンラインゲームを通して、ふと気づいたことがあります。
「関係ない」と思っていても、私たちは思っている以上に、その人について知っている情報の影響を受けながら人を見ているのかもしれない、と。
そのことに気づいたのは、年齢も性別も仕事も、場合によっては本名すら知らない人たちと、長い時間を一緒に過ごしたからでした。
目次
「何者なのか」を知らないまま、人間関係が始まった
そのゲームを始めたきっかけは、実はポイ活でした。
最初からゲームの中で友達をつくりたかったわけでも、人と交流したかったわけでもありません。
条件をクリアするために始めて、ゲームを進めるうちにチームに入り、気づけばそこにいる人たちと協力するようになっていました。
オンラインゲームの中では、現実の人間関係とは少し違った順番で相手を知っていきます。
ゲーム内で使っているニックネームはわかります。
でも、その人が何歳なのか、男性なのか女性なのか、どんな仕事をしているのか、どこに住んでいるのか、どんな学校を出たのか。
最初は、そんなことをほとんど知りません。
それでも同じチームにいれば、「次はどうする?」「ここはこうしたほうがいいんじゃない?」と話し合ったり、誰かが困っていれば助けたり、逆に自分が助けてもらったりします。
人と出会うこと自体を目的としたサービスとは違って、そこにあるのは「ゲームを進める」という共通の目的です。
「あなたは何歳ですか?」「どんな仕事をしていますか?」ではなく、「これ、どうやって攻略する?」から関係が始まる。
今振り返ると、この順番が私にとっては新しい感覚だったのだと思います。
属性より先に、人柄が見えてくる
一緒にゲームをしていると、個人情報を知らなくても、少しずつその人らしさは見えてきます。
困っている人がいるとすぐに助ける人。
ゲームの知識が豊富で、わからないことを丁寧に説明してくれる人。
みんなの意見を聞きながら話を進める人。
ちょっとせっかちな人。
冗談を言って場を和ませる人。
もちろん、ゲームの中で見えている姿がその人のすべてではありません。
それでも、「何歳で、どんな仕事をしている人か」より先に、「この人はこういうときにこうする人なんだ」というものが積み重なっていきました。
現実の人間関係では、これが逆になることも多い気がします。
見た目からなんとなく年齢を想像したり、仕事を聞いたり、職場なら役職や立場を知ったうえで話したり。
意識していなくても、相手についてのいろいろな情報を受け取ってから、人柄を知っていきます。
「年上だから少し丁寧に話そう」
「この仕事をしているなら、きっとこういうことに詳しいだろう」
「自分よりずっと経験がある人だから」
それ自体が悪いわけではありません。
社会の中で人と関わるために必要な情報もたくさんあります。
ただ、そうしたものが何もない状態で人と関わってみたことで、「私は普段、思っていた以上にいろいろな情報を通して相手を見ているんだな」と気づきました。
属性が見えなくても、バイアスがなくなるわけではなかった
では、年齢も仕事も学歴もわからないゲームの世界では、何の先入観もなく人を見ることができたのか。
というと、そんなに単純でもありませんでした。ゲームにはゲームなりの「その人を判断する材料」があります。
わかりやすいのが、強さです。
ゲームが強い。
知識がある。
長くプレイしている。
攻略方法をよく知っている。
チームへの貢献度が高い。
そんな人を見ると、やっぱり「すごい人だな」と思います。
場合によっては、「この人が言うなら正しいだろう」と、その人の発言まで少し信用しやすくなることもあります。
考えてみれば、これもひとつのバイアスです。
現実社会での肩書きや経歴が見えなくなった代わりに、ゲームの世界では「強さ」や「経験値」が新しい肩書きのようになっていました。
このことに気づいたとき、少し面白いなと思いました。
人は、相手について何の情報も持たずに付き合うというより、そのとき手元にある情報を使って相手を理解しようとするのかもしれません。
だから私は、この経験を「属性を知らなければ、人をまっさらな目で見られる」という話にはしたくありません。
むしろ逆で、環境が変われば、別のところにバイアスが生まれる。そのくらい、人を見るときの思い込みや先入観は、自分では気づきにくいものなのだと思います。
実際に会ったら、想像していた人とは全然違った
ゲームを続けるうちに、同じチームで仲良くなった都内のメンバーと、実際に飲みに行くようになりました。
いわゆる「オフ会」です。
一度だけではなく、もう何度も開催しているので、今では普通の飲み仲間に近い感覚になっています。
初めて会ったときは、ゲームの中でなんとなく想像していた雰囲気と全然違う人もいました。
自分よりかなり年上だったり、反対にかなり年下だったり。
文字でのやり取りやゲーム内での振る舞いから、知らないうちに私の中にも「きっとこんな人なんだろう」という人物像ができていたのでしょう。
実際に会ってみて、「思っていた感じと全然違う」と感じたのも、それまで別の形のバイアスがかかっていたからなのかもしれません。
でも、もっと印象に残ったことがありました。
年齢が思っていたより離れていても、見た目や雰囲気が想像と違っていても、不思議なくらい違和感がなかったんです。
初対面なのに、「初対面」ではなかった
初めて会う人と飲みに行くとなると、普通は少し緊張します。
「どんな人なんだろう」
「何を話そう」
「どのくらいの距離感で話せばいいんだろう」
そんなふうに、お互いを探りながら少しずつ打ち解けていく時間があります。
でも、そのときはその時間がほとんど必要ありませんでした。顔を合わせるのは初めてなのに、関係としては初対面ではなかったからです。
それまで長い間、同じチームでゲームをしていました。
一緒に考えたり、助けてもらったり、くだらない話をしたり、いろいろな出来事を共有してきました。
外見や年齢を知るより先に、すでにその人との時間が積み重なっていたんですよね。
今でも、ゲーム内のニックネームで呼び合っています。本名を知らない人もいます。
それでも会えば一緒に飲んで、普通に話して、笑って、また次に集まる。
「本名も知らない飲み仲間」。
文字にすると、ちょっと不思議な関係です。でも私にとっては、それが意外なほど心地よいものでした。
人間関係は「何を知っているか」だけでは決まらないのかもしれない
この経験をしてから、ときどき考えることがあります。
もし最初に年齢を知っていたら。
もし最初に仕事を知っていたら。
もし最初に相手の見た目を知っていたら。
私は同じようにその人と話していただろうか、と。
もちろん答えはわかりません。
年齢が大きく離れているとわかれば、最初はもう少し構えていたかもしれません。
仕事や立場を知っていれば、無意識に話し方を変えていたかもしれません。
でもゲームの中では、そうした情報を知る前に一緒に何かをする時間がありました。
だから実際に会って「こんな人だったんだ」とわかったときには、それはその人を判断するための材料というより、すでに知っている人に後から追加された情報のような感覚だったのだと思います。
現実の世界では、相手について何も知らずに人間関係を始めることはなかなかありません。
年齢も、外見も、立場も見えます。
仕事なら役職があり、学校なら学年があり、友人からの紹介なら「○○さんの友達」という情報があります。
そうした情報があること自体は、ごく自然なことです。ただ、その情報と「その人自身」は、同じではない。
当たり前のことなのに、私はオンラインゲームという少し変わった場所で、改めてそれを実感しました。
オンラインの関係だからこそ、忘れたくないこともある
ここまで書くと、「オンラインで知り合った人と実際に会うのも楽しそう」と感じる人もいるかもしれません。
でも、ここは私自身の経験とは分けて考えたいところです。
オンライン上で相手が話している年齢、性別、職業、住んでいる場所などが、本当だとは限りません。
長くやり取りをしているからといって、相手のことをすべて知っているわけでもありません。
中には悪意を持って人と接する人がいる可能性もあります。
実際に会うのであれば、人目のある場所を選ぶ、できれば最初は複数人で会う、自宅や勤務先などの個人情報を安易に伝えないなど、自分を守るための距離感は必要です。
「属性を知らなくても人間関係はつくれる」ということと、「知らない相手を無条件に信用していい」ということは、まったく別の話です。
そこはオンラインだからこそ、忘れないでいたいと思っています。
「その人」より先に、情報を見ていないだろうか
オンラインゲームを始めたとき、こんなことを考えるようになるとは思っていませんでした。
きっかけはポイ活でしたし、まさか5年ほど続けて、そこで知り合った人たちと飲みに行くようになるとも思っていませんでした。
ゲームの中でも、私は相変わらずバイアスから自由ではありません。強い人を見ると「すごい」と思いますし、長くプレイしている人の言葉には説得力を感じます。
現実でもきっと、年齢や仕事、肩書き、経歴、見た目などから、知らず知らずのうちにその人のイメージをつくっています。
それを全部なくすことは難しいですし、なくす必要があるのかもわかりません。
ただ、「今、自分は何を見てこの人を判断しているんだろう」と、ときどき気づけるだけでも少し違うのかもしれません。
年齢も仕事も本名も知らなかった人たちと先に関係ができて、そのあとにいろいろな情報を知っていく。
そんな少し変わった順番で人と出会ったからこそ、普段は見えにくかった自分自身の「人の見方」が、少しだけ見えた気がしています。
☕ Irisのひとこと|本名を知らない飲み仲間
ゲームのニックネームで呼び合いながら飲んでいると、ときどき不思議な関係だなと思います。
でも、名前や肩書きより先に一緒に過ごした時間がある。
そんな人とのつながり方も、意外と心地いいものです。
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