「走るの苦手」は思い込みかもしれない|私がランニングを好きになったきっかけ

「私、走るの苦手なんです。」そう言う人は少なくありません。
実は私も、ずっとそう思っていました。学生時代のマラソン大会は大嫌いでしたし、長距離走も苦手でした。今でも「マラソン大会に出たい!」というタイプではありません。
それでも今は、以前ほどランニングに苦手意識はありません。むしろ、自分のペースで走る時間は嫌いではないのです。振り返ってみると、私は走ることが嫌いだったのではなく、「走ることに対する思い込み」が強かったのかもしれません。
目次
私にとってのランニングは「苦しいもの」だった
学生時代、私は部活動をしていました。
部活のトレーニングやマラソン大会では、「レギュラーなら〇位以内に入れ」と言われることもありました。(今ではいろいろ問題かもですがw)
抜かれないように。
もっと速く。
もっと頑張れ。
そんな空気の中で走っていました。私にとってのランニングは、
苦しいもの。
きついもの。
吐きそうになるもの。
限界を超えるもの。
順位を競うもの。
そんなイメージでした。
だから当然、「走るのは大嫌い」と思っていました。
大人になって知ったこと
体育大時代や、トレーナーの勉強をしていた頃、心拍数について学ぶ機会がありました。
自分で初めて心拍数系を購入した時に、心拍計を付けながら、さまざまな運動を試していました。
スタジオプログラム各種
ヨガ・ピラティス
ダンス系レッスン
格闘技系レッスン
ランニング系マシン
実際に計測してみると、意外なことが分かりました。
運動中ずっと同じ強度で動いているように感じても、心拍数は上がったり下がったりしています。
レッスンによっては、目的とする心拍数の範囲に入っていた時間が思ったより短いこともありました。
一方でランニングは、自分でペースを調整できます。速すぎると思ったら少し落とす。きついと感じたら歩く。また走る。
ランニングは、自分で心拍数をコントロールしやすい運動でした。
「こんなにゆっくりでいいの?」
そして私が一番驚いたのはここでした。
当時、脂肪燃焼に適しているとされる心拍数を目安に走ってみると、
「こんなにゆっくりでいいの?」
と思うくらいのペースだったのです。
私はずっと、
運動=頑張るもの
走る=苦しいもの
と思っていました。
でも実際には、息が切れるほど頑張らなくてもいい場面がありました。汗だくにならなくてもいい場面がありました。
この発見は、私の中でかなり大きなものでした。
嫌いだったのは走ることじゃなかった
今思うと、私が嫌いだったのは走ることではなく、苦しいこと。競争すること。評価されること。だったのかもしれません。
走ること自体は嫌いではなかった。
ただ、学生時代の経験と結びつきすぎていたのです。
「苦手」は思い込みかもしれない
もちろん、本当にランニングが苦手な人もいると思います。無理に好きになる必要もありません。
でも、「走るの苦手だから」と思っている人の中には、昔の私と同じように、苦しい走り方が苦手なだけの人もいるかもしれません。
体力がないから走れない
苦しいから走るの嫌い
私自身、そうでした。もしランニングに苦手意識があるなら、速く走ることも、長く走ることも、頑張ることも一度忘れてみてください。
景色を見ながら。
会話できるくらいのペースで。
気持ちよく呼吸できるくらいのペースで。
そんな走り方なら、「意外と嫌いじゃなかった」と思う日が来るかもしれません。
☕ Irisのひとこと|嫌いだと思い込んでいたもの
大人になると、「私は○○が苦手」と決めつけてしまうことがあります。
でも、その苦手は本当に苦手なのでしょうか。
昔の経験や思い込みが、そう感じさせているだけかもしれません。
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