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食事の時間を、雑にしないという選択

食後の食器が静かに置かれたシンプルな食卓
Artwork by Iris / Karada Cafe
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朝、何を食べたか思い出せない。
昨日の夜ごはんも、少しあいまい。

食べていないわけじゃないのに、食事の記憶だけが、すっと抜け落ちている。

そんな日が続いたとき、「何を食べるか」よりも、食事の時間そのものが、雑になっているのかもしれないと思うようになりました。

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食べたはずなのに、記憶に残らない食事

毎日食事はちゃんと食べている。

ただ、
立ったまま食べたり、
スマホの画面を見ながら口に運んだり、
次のことを考えながら終わらせたり。

食事が作業になると、食べた時間だけが、すっと抜け落ちます。

食事の時間を、雑にしないという選択

ここでいう「雑にしない」は、

  • きれいに盛りつける
  • 栄養を考える
  • ゆっくり時間を取る

という意味ではありません。

食事のための時間として区切ることをいっています。

ほんの少し、区切りをつくるだけ

大きなことはしなくて大丈夫です。

・座って食べる
短い時間でも、姿勢を切り替えるだけで「今は食事中」という合図になります。

・食べ始める前に、ひと呼吸
深くなくていい。始まりを、からだに知らせるだけ。

・食べ終わったら、すぐ立ち上がらない
一瞬でいいので、「食べ終わった」という感覚を残します。

毎回じゃなくてもいいし、自分なりの区切りを方でいいんです。

雑にしなかった日は、思い出せる

不思議なことに、こうして食べた日は、「何を食べたか」までは覚えていなくても、食事をした時間が、ちゃんとあったという感覚が残ります。

それだけで、暮らしの中にひとつ、区切りとなり自分の生活のリズムが生まれます。

何を食べるかより、食事をした時間を消さないこと

食事を整えようとすると、内容や正解に目が向きがちですが、まずは食事の時間を、なかったことにしないそれだけで十分な日もあります。

変えなくてもいい。
がんばらなくてもいい。

雑にしなかった、という感覚だけでも、その日の食事は役割を果たしています。

☕ Irisのひとこと|食事は、記憶に残らなくてもいい

覚えていなくても、ちゃんと区切りがあればいい。
食事の時間を雑にしなかった、という事実だけで、からだは一度、立ち止まれている気がします。


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